監査における「精査」と「試査」
1. 概念整理(全体像)
監査では、監査対象となる取引や統制を
**すべて確認するか(一部を抽出するか)**で、手続の考え方が分かれます。
- 精査(せいさ):全件を確認する
- 試査(しさ):一部を抽出して確認する
どちらを使うかは、
母集団の規模、リスク、重要性、コストを踏まえて判断します。
2. 精査(Inspection / Examination of all items)
定義
精査とは、
母集団に含まれるすべての取引・事象・証憑を確認する監査手続をいう。
特徴
- 抽出ではなく 全数確認
- 結果に推計や統計的誤差が生じない
- サンプル誤差リスクは存在しない
典型的な利用場面
- 母集団が小さい場合(例:50件以下)
- 金額的重要性が極めて高い場合
- 不正・違法行為が疑われる場合
- 統制上の例外的取引
メリット・デメリット
| 観点 | 内容 |
|---|---|
| メリット | ・結論が明確 ・合理的保証が高い |
| デメリット | ・工数が大きい ・大規模母集団には不向き |
ポイント
精査は最も確実な監査手続であるが、
すべての監査領域で現実的とは限らない。
3. 試査(Sampling)
定義
試査とは、
母集団の一部を抽出し、その結果から母集団全体の状態を評価する監査手続をいう。
特徴
- 抽出結果をもとに 統計的・論理的に結論を導く
- サンプル誤差のリスクが存在
- 合理的保証の概念と密接に関係
試査の代表例
- 属性サンプリング(内部統制評価)
- 金額単位サンプリング(残高テスト)
- 発見サンプリング
- 停止(ストップ・オア・ゴー)サンプリング
※本格的な統制有効性評価では、
統計的根拠を持つ属性サンプリングが用いられる。
メリット・デメリット
| 観点 | 内容 |
|---|---|
| メリット | ・効率的 ・大規模母集団に対応可能 |
| デメリット | ・結論は推計 ・設計を誤ると保証が弱い |
4. 精査と試査の使い分け(重要)
| 判断軸 | 精査 | 試査 |
|---|---|---|
| 母集団規模 | 小 | 中~大 |
| 重要性 | 極めて高い | 高~中 |
| 不正リスク | 高 | 中~低 |
| 効率性 | 低 | 高 |
| 統計的裏付け | 不要 | 必要 |
実務的な考え方
- 小さくて重要 → 精査
- 大きくて定型的 → 試査
5. 内部統制評価との関係
内部統制の有効性評価では、
- 母集団が小さい場合
→ 精査(全件検証) - 母集団が一定規模以上
→ 試査(属性サンプリング)
とすることで、
合理的保証と監査効率の両立を図る。
6. 一文まとめ
精査は全件を確認する最も確実な監査手続であり、
試査は一部を抽出して母集団全体を評価する効率的な監査手続である。
監査人は、母集団の規模、重要性、リスクを踏まえて両者を使い分ける。
監査における「精査」と「試査」― 実務上の誤解と適切な整理
1. よくある誤解①
「試査=簡易的」「精査=厳密」ではない
正しい整理
- 精査は「全件確認」という点で確実性は高い
- しかし、試査も統計的に設計されていれば、合理的保証を十分に提供できる
試査は不十分な方法ではなく、
大規模母集団に対して合理的保証を得るための、正式な監査手続である。
2. よくある誤解②
「母集団が小さい=必ず精査」ではない
実務上の考え方
母集団が小さくても、以下の事情があれば試査を選択することがある。
- 取引が定型的で統制が安定している
- 他の統制やIT統制によりリスクが低い
- 効率性とのバランスを考慮する場合
ただし、
母集団が50件未満の場合は、
多くの監査実務・教科書において「精査が合理的」とされることが多い。
(※50件に数学的厳密根拠はないが、「全件確認が現実的」という実務基準)
3. 精査と試査における「保証の考え方」の違い
| 項目 | 精査 | 試査 |
|---|---|---|
| 結論 | 事実確認 | 推計 |
| 誤差リスク | 原則なし | サンプリングリスクあり |
| 数理モデル | 不要 | 二項分布等 |
| 文書化 | 確認結果中心 | サンプル設計+結果 |
試査で特に重要な点
- 母集団定義
- 抽出方法
- サンプル数の根拠
- 不備発生時の判断基準(拡大・無効)
4. 内部統制評価における典型パターン
① 精査が適切なケース
- 役員承認取引
- 異常取引
- 手作業による重要統制
- 母集団が極めて小さい場合
② 試査が適切なケース
- 定型的な業務統制
- IT統制と組み合わされた承認プロセス
- 件数が多く、均質性が高い場合
5. 試査と「拡大サンプル」との関係(整理)
試査において不備が発見された場合、
当初想定した母集団の状態と乖離が生じた可能性があるため、
監査人は追加サンプルを取得して評価を拡大する。
ここで重要なのは、
- 拡大は「罰」ではない
- 保証水準を維持するための調整行為
という位置づけです。
6. 監査報告書・説明資料での使い分け表現
精査の場合(例文)
当該期間に発生した全取引を精査した結果、
統制は適切に運用されていると判断した。
試査の場合(例文)
統計的サンプリング手法に基づき試査を実施した結果、
統制は有効に機能していると合理的に判断した。
7. 図解イメージ(文章で使える表現)
精査は「全数確認による確定的判断」、
試査は「一部確認による確率的判断」である。
8. 章末まとめ
監査における精査と試査は、優劣の関係ではなく、
母集団規模・リスク・効率性を踏まえた選択の問題である。
特に内部統制評価では、試査を前提とした合理的保証の考え方を
正しく理解することが重要である。


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